普段なにげなく使っているPDFですが、実はバージョンが存在します。しかも、バージョンが違うだけでファイルが開けなかったり、印刷時にトラブルが起きたりすることがあります。「送ったPDFが相手の環境で表示されない」「印刷会社にデータを入稿したら差し戻された」——こうした経験があるなら、原因はPDFのバージョン違いかもしれません。
この記事では、PDF 1.4からPDF 2.0までの各バージョンの違いと互換性について、実務で押さえておきたいポイントに絞って解説します。バージョンごとに何が変わったのか、どのバージョンを選べばトラブルを避けられるのか、日本国内の利用シーンに合わせて整理していきます。
そもそもPDFにバージョンがあるのはなぜか
PDFは1993年にAdobe Systemsが開発したファイル形式です。当初はテキストと画像を固定レイアウトで表示するだけのシンプルな仕様でしたが、その後20年以上にわたって機能が追加されてきました。透明効果、暗号化、3Dコンテンツ、タグ付きPDFなど、新しい機能が加わるたびにバージョン番号が上がっています。
重要なのは、新しいバージョンで作成されたPDFは、古いビューアでは正しく表示できない場合があるということです。WordやExcelのように「互換モードで開く」という概念がPDFにはほぼ存在しません。対応していない機能が含まれていると、表示崩れどころかファイル自体が開かないケースもあります。

各バージョンの特徴を整理する
まずは主要なバージョンと、それぞれで追加された代表的な機能を一覧で確認しておきましょう。
- PDF 1.4(2001年 / Acrobat 5)
- 透明効果
- 128-bit RC4暗号化
- タグ付きPDF
- PDF 1.5(2003年 / Acrobat 6)
- クロスリファレンスストリーム
- JPEG 2000対応
- レイヤー(Optional Content)
- PDF 1.6(2005年 / Acrobat 7)
- OpenTypeフォント埋め込み
- AES-128暗号化
- 3Dコンテンツ対応
- PDF 1.7(2006年 / Acrobat 8)
- ISO 32000-1として標準化
- AES-256暗号化(拡張レベル3以降)
- PDF 2.0(2017年)
- AES-256が標準仕様に
- UTF-8完全対応
- XFAフォーム廃止
ここからは、特に実務で関わることの多いPDF 1.4、PDF 1.5、PDF 1.7、PDF 2.0の4つに注目して、それぞれの位置づけをもう少し掘り下げてみます。

PDF 1.4 ── 互換性の「安全牌」
PDF 1.4は2001年にリリースされたバージョンですが、2026年の今でも現役で使われています。その最大の理由は互換性の高さです。現存するほぼすべてのPDFビューアがPDF 1.4を問題なく表示できます。
機能面でも十分に実用的で、透明効果やタグ付きPDF、JBIG2圧縮といった主要機能はこのバージョンで導入されています。日本の学術学会では論文投稿時のPDFバージョンをPDF 1.4に指定しているところも多く、日本音響学会や化学工学会などでは投稿サーバがPDF 1.5以上を受け付けないケースも報告されています。
また、印刷業界で長年標準とされてきたPDF/X-1aもPDF 1.4をベースにしています。「とにかく相手の環境を問わず確実に開いてほしい」「印刷所への入稿で問題を起こしたくない」という場面では、今でもPDF 1.4が最も安定した選択肢です。

PDF 1.5 ── 見えない互換性の壁
PDF 1.5で導入された「クロスリファレンスストリーム」は、一般ユーザーにはまず聞き慣れない技術用語でしょう。しかし、これがPDFの互換性における最大の分岐点になっています。
クロスリファレンスストリームとは、PDF内部のページやオブジェクトの位置情報を格納する仕組みのことです。PDF 1.4まではテキスト形式で記録されていましたが、PDF 1.5からはバイナリのストリーム形式に変わりました。この変更に対応していない古いツールでは、PDF 1.5以上のファイルをそもそもパースできません。つまり、開こうとしてもエラーになります。
学会の投稿システムや、古い基幹システムで「PDFが受け付けられない」というトラブルの多くは、実はこのPDF 1.5の構造変更が原因であることが少なくありません。
PDF 1.7 ── 現在の実質的なスタンダード
PDF 1.7は2008年にISO 32000-1として国際標準規格になりました。これはPDFの歴史において非常に大きな転換点です。それまでAdobe独自の仕様だったPDFが、ISOという国際的な場で管理される規格になったことで、特定のベンダーに依存しないオープンな文書形式としての信頼性が大幅に向上しました。
機能面では、ISO標準化以降に「拡張レベル」という形で段階的に機能が追加されています。中でも実務上インパクトが大きいのがAES-256暗号化(拡張レベル3、Acrobat 9対応)です。これにより、業務で求められる高度なセキュリティ要件にも対応可能になりました。
現在、日本国内のビジネス文書やWebからのダウンロード資料の多くはPDF 1.7で作成されています。Microsoft OfficeやGoogle ドキュメントからのPDF出力も基本的にPDF 1.7が使われており、「どのバージョンにすべきか迷ったらPDF 1.7」というのが2026年時点での現実的な判断です。
なお、PDF 1.7には「拡張レベル」の存在があるため、同じPDF 1.7でもAcrobat 8で作ったものとAcrobat X以降で作ったものでは内部的に使える機能に差があります。ただし拡張レベルはISO規格の範囲外であり、ビューア側の対応もまちまちです。この点を知っておくと、「同じPDF 1.7なのに挙動が違う」という状況に遭遇したとき原因の見当がつきやすくなります。
PDF 2.0 ── 次世代規格の理想と現実
PDF 2.0は2017年にISO 32000-2として策定された、初めて完全にISO主導で開発されたバージョンです。Adobeの独自仕様から完全に脱却したという意味で、技術的な意義は大きいといえます。
セキュリティ面ではAES-256が唯一の推奨暗号方式となり、テキスト処理ではUTF-8が完全サポートされました。アクセシビリティ関連のタグ構造も厳格化されています。一方で注目すべきなのが、約139もの機能が非推奨または廃止された点です。XFAフォーム、Flash/Shockwaveマルチメディア、PostScript XObjectなど、旧来の仕組みが一掃されています。
ただし、実際の普及状況はかなり厳しいのが現状です。Web上のPDFファイルを対象にした調査では、PDF 2.0の割合は1%にも満たないとされています。
その背景として、2023年4月まで仕様書が約200ドルの有料販売だったことが大きく影響しています。無料PDFの文化に慣れた開発者コミュニティにとって、この壁はかなり高かったといえるでしょう。現在はPDF Associationの働きかけで無料公開されていますが、失われた普及期間の影響は今も残っています。
また、エンドユーザーから見た「PDF 2.0にする決定的な理由」が乏しいことも普及の遅れにつながっています。PDF 2.0の真価は仕様の明確化や構造の合理化にあり、見た目や操作感が劇的に変わるものではないためです。
もっとも、PDF 2.0を土台にしたサブセット規格は着実に整備されています。長期保存向けのPDF/A-4(ISO 19005-4:2020)、アクセシビリティ向けのPDF/UA-2(ISO 14289-2:2024)、印刷向けのPDF/X-6など、特定用途に特化した規格がPDF 2.0ベースで策定されています。こうした規格が業界標準として浸透していけば、結果的にPDF 2.0の利用も広がっていく可能性は十分にあります。

暗号化方式の進化も見逃せない
PDFのバージョンアップに伴い、セキュリティ面も大きく進化してきました。業務でパスワード保護をかける機会がある方は、この点も押さえておくとよいでしょう。
PDF 1.4では128-bit RC4暗号化が導入されましたが、現在ではRC4自体が脆弱とされており、セキュリティ上の推奨度は低くなっています。PDF 1.6でAES-128暗号化が登場し、PDF 1.7の拡張レベル3でAES-256に対応しました。そしてPDF 2.0ではAES-256が唯一の推奨方式となり、RC4は仕様上完全に廃止されています。
つまり、高いセキュリティが求められる文書では最低でもPDF 1.6以上、できればPDF 1.7以上のバージョンで作成する必要があります。逆に、古いビューアとの互換性を優先してPDF 1.4で暗号化すると、暗号強度が下がるというトレードオフが生じます。
用途別に見る「最適なバージョン」の考え方
バージョン選びは「どんな場面で使うか」で決まります。以下は、日本国内でよくあるユースケースごとの目安です。
ビジネス文書の共有・メール添付: PDF 1.7が最もバランスが良いです。Office製品からの出力デフォルトでもあり、受け取り側のビューアで問題になるケースが最も少なくなっています。
印刷会社への入稿: 日本の印刷業界ではPDF/X-4(PDF 1.6ベース)への移行が進んでおり、2025年にはJAGATのDTPエキスパート認証でもPDF/X-4が必須となりました。ただし、一部のネット印刷通販ではPDF/X-1a(PDF 1.4ベース)を指定している場合もあるため、入稿先の要件を事前に確認することが重要です。
学会・官公庁への提出: PDF 1.4を指定している機関がまだ少なくありません。投稿規定をよく確認し、指定があればそのバージョンに合わせましょう。
長期保存・アーカイブ: PDF/A規格の利用が適しています。PDF/A-1(PDF 1.4ベース)が最も互換性が高いですが、透明効果やJPEG 2000を使いたい場合はPDF/A-2(PDF 1.7ベース)を選ぶとよいでしょう。
バージョン違いで起きる代表的なトラブル
最後に、バージョンの不一致が原因で起きやすいトラブルをいくつか挙げておきます。
まず「ファイルが開けない」ケースです。先述のクロスリファレンスストリームの問題に加え、PDF 2.0固有の構造を古いビューアが処理できずエラーになることがあります。次に「暗号化が解除できない」ケースです。PDF 1.7 拡張レベル3以降のAES-256で暗号化されたファイルは、Acrobat 8以前では開くことができません。
そして「フォントの文字化け」です。これはバージョンの問題というよりフォント埋め込みの問題ですが、古いバージョンで作成されたPDFほどフォントが埋め込まれていない傾向があります。特に日本語フォントはグリフ数が多くファイルサイズが大きくなるため、意図的に埋め込みを省略しているケースも珍しくありません。
これらのトラブルを未然に防ぐには、送り先の環境やビューアのバージョンを意識してPDFを作成する習慣をつけることが大切です。特にビジネスの現場では、社内と取引先でAcrobatのバージョンが異なることは珍しくありません。暗号化をかける場合は、相手のAcrobatバージョンを確認した上で暗号方式を選ぶことをお勧めします。
また、PDFのバージョン情報はAcrobat ReaderやAcrobat DCの「プロパティ」画面から簡単に確認できます。トラブルが起きたときは、まずプロパティでバージョンを確認するのが最も手早い切り分け手段です。
まとめ
PDFのバージョンは、普段意識することが少ない割に、実際のトラブルに直結しやすいポイントです。2026年現在の実務的な結論としては、PDF 1.7を基本に据えつつ、最大互換性が必要ならPDF 1.4、印刷入稿ならPDF/X-4、長期保存ならPDF/Aと、用途に応じて使い分けるのが最善策になります。PDF 2.0はまだ普及途上にありますが、PDF/A-4やPDF/UA-2といった関連規格の整備が進んでおり、数年後には選択肢として検討する場面が増えてくるでしょう。



